はじめての俳句5

地植えのベコニア赤と白

今月自作の句は冬の季語を使った句3句と有名俳人の句は正岡子規の句3句を投稿します。正岡子規は生涯に3000以上の俳句を作り、その中から3句選ぶということは不可能なので、私自身が感銘を受けた3句を紹介します。正岡子規は俳句の他に短歌、随筆、小説などに素晴らしい作品を残しています。文学以外にもアメリカから入って来たばかりの野球に興味をもち、野球に関する随筆を子規が働いていた新聞社の新聞に連載していました。野球用語の打者、走者、直球といった言葉は子規が訳語したもので現在でも通用します。日本の野球の発展に貢献した功績により正岡子規野球殿堂入りを果しています。野球に関する俳句、短歌も数多く作られています。

 

自作の句

サッカーの/気になる試合/勝利かな

サッカーとラクビーは冬の季語です。この句は私の母校が全国高校サッカー選手権大会の地方予選で勝ち進んでるか勝利を期待しながらスポーツ新聞を読み始めた時の心境を詠んだものです。

 

生姜湯に/ぬくもり貰う/身と心

生姜湯はすりおろした生姜、ハチミツにお湯を加え良く攪拌したものです。生姜の発汗作用で冬の寒い日に飲むと身体も心も温まるような状況を詠んだものです。

 

クリスマス/ケーキ食べぷり/孫の顔

1歳になる孫が手でケーキを直接つかんで口にほおばると口のまわりは勿論、顔中がケーキだらけになりながら無新に食べる様子を詠んだものです。

 

正岡子規の句

卯の花の/散るまで鳴くか/子規(ほととぎす)

この句は正岡子規東京大学在学中に、肺結核で喀血した翌年に作句されたもので、これ以降子規を俳号として使う事になります。

 

行く我に/とまる汝に/秋二つ

この句は正岡子規の故郷である松山に帰郷し、実家には帰らず夏目漱石の家に2か月程居候し、夏目漱石との別れを惜しんで詠んだ句です。正岡子規夏目漱石東京大学の同期生で互いに文学者としてライバル関係にあり、文学論争をかわした間柄でした。ただ正岡子規は肺結核による脊椎カリエスで35歳の若さで亡くなっています。もっと長生きしていればどれだけの作品を残せたかと思うと残念ですね。

 

柿くへば/鐘がなるなり/法隆寺

この句は松山から東京に戻る途中奈良に立ち寄った際に作句されました。正岡子規は柿が大好物で1日に10個も食べたこともあると言われています。柿の句は他にも何句かあります。奈良は柿の名産地で正岡子規はどんな種類の柿を食べたのでしょうか興味深いですね。